南三陸School第1回『森と海と人間の生活のあり方をデザインする』(主催:〈一社〉南三陸研修センター 共催:〈一社〉南三陸町観光協会、(株)佐久、南三陸を山から動かすプロジェクト「山さ、ございん」)が、1月23日・24日の週末、開催されました。
このスクールは、山と海に挟まれた南三陸の地をフィールドとし、単に自然を観察するのでなく、人の生業(なりわい)を通じて積極的に関わってみることで、自分自身も山・里・川・海の連環の一部であることを実体験する「スタディ・ツアー」です。
冬の冷気が立ち込める集合場所「南三陸まなびの里 いりやど」には、地元の20代から現役の会社員、町役場OBの方、東京から参加の大学生など、幅広い参加者が集まりました。
このスクールは、山と海に挟まれた南三陸の地をフィールドとし、単に自然を観察するのでなく、人の生業(なりわい)を通じて積極的に関わってみることで、自分自身も山・里・川・海の連環の一部であることを実体験する「スタディ・ツアー」です。
冬の冷気が立ち込める集合場所「南三陸まなびの里 いりやど」には、地元の20代から現役の会社員、町役場OBの方、東京から参加の大学生など、幅広い参加者が集まりました。
まずオリエンテーションに立ったのは、「南三陸まなびの里いりやど」の運営組織でもあり、今回のスタディ・ツアーの主催者である南三陸研修センターの職員・安藤仁美さん。このツアーの目的と意義を皆で共有しました。南三陸町の、分水嶺と町境が一致し水の循環が町内で完結するという地理的な特徴をおさらいしたあと、同じくセンターの職員である平泉雅菜さんからツアーの注意事項が伝えられました。ただの物見遊山ではないスタディ・ツアーゆえのその内容に、参加者は緊張の面持ちで聞き入りました。
続いて、この町の状況を一変させた東日本大震災時の記録映像を視聴。生々しい映像は、初めて見る人も、何度も見たことのある人もいましたが、誰もが、改めて自然の猛威と、その前にあっては無力と言わざるを得なかった人間の姿を感じました。
「いりやど」を出て向かったのは、町内の視察です。
元消防士で今は震災被害の語り部を務める菅原文雄さんにガイドをしていただき、ここまで津波が押し寄せて来たという事実に驚かされる丘の上の戸倉(とぐら)中学校跡を見学しました。渡り廊下の折れ曲がったままの支柱など、当時のままの光景を目にし、思わずからだが震えたのは吹きすさぶ風のせいだけではありませんでした。続いて、やはり被災の跡を生々しく伝える「防災庁舎」を見学。
「いりやど」を出て向かったのは、町内の視察です。
元消防士で今は震災被害の語り部を務める菅原文雄さんにガイドをしていただき、ここまで津波が押し寄せて来たという事実に驚かされる丘の上の戸倉(とぐら)中学校跡を見学しました。渡り廊下の折れ曲がったままの支柱など、当時のままの光景を目にし、思わずからだが震えたのは吹きすさぶ風のせいだけではありませんでした。続いて、やはり被災の跡を生々しく伝える「防災庁舎」を見学。
「いりやど」に帰って来てからは、新開発の「みんなのまちづくりゲーム」を行いました。
このゲームは、チームごとにメンバーが森(林業者)・里(農業者)・海(漁業者)・街(商工業者)・役場の役割を担い、話し合いながら、投資や政策の実施、議会との折衝など「まちの経営」をおこなっていくことで、設定期間後にどのチームの「まち」が最も繁栄していたかを検証するゲームです。自然の恵みを受ける農林漁業と商業、とほぼすべての産業が存在し、またバイオマス産業都市としていち早く名乗りを上げている南三陸町の実像を意識しながら、二つの仮想の「まち」が競い、緊張あり爆笑ありの大盛り上がりを見せました。結果は社会資本を増やすことに成功したまちと、残念ながら破綻してしまったまちという対照的な結果に。
「ゲームだったからよかった」との声も出る中、「いま行動すれば将来は変えられる」というゲームの意義は参加者の身にしっかりとついたように見えました。(※このゲームについてくわしく知りたい方はこちらをご覧ください。http://ms-lc.org/minmachi"http://ms-lc.org/minmachi
夜は、カキ、ホヤ、ツブと南三陸の海の幸をふんだんに使った料理に鍋を囲んで懇親会。開催施設「いりやど」の幹部の方も加わり、南三陸のこれからへの思いを語る集いは夜の更けるまで続きました。
このゲームは、チームごとにメンバーが森(林業者)・里(農業者)・海(漁業者)・街(商工業者)・役場の役割を担い、話し合いながら、投資や政策の実施、議会との折衝など「まちの経営」をおこなっていくことで、設定期間後にどのチームの「まち」が最も繁栄していたかを検証するゲームです。自然の恵みを受ける農林漁業と商業、とほぼすべての産業が存在し、またバイオマス産業都市としていち早く名乗りを上げている南三陸町の実像を意識しながら、二つの仮想の「まち」が競い、緊張あり爆笑ありの大盛り上がりを見せました。結果は社会資本を増やすことに成功したまちと、残念ながら破綻してしまったまちという対照的な結果に。
「ゲームだったからよかった」との声も出る中、「いま行動すれば将来は変えられる」というゲームの意義は参加者の身にしっかりとついたように見えました。(※このゲームについてくわしく知りたい方はこちらをご覧ください。http://ms-lc.org/minmachi"http://ms-lc.org/minmachi
夜は、カキ、ホヤ、ツブと南三陸の海の幸をふんだんに使った料理に鍋を囲んで懇親会。開催施設「いりやど」の幹部の方も加わり、南三陸のこれからへの思いを語る集いは夜の更けるまで続きました。
翌朝は、恐れていたことが起こりました。夜半から降り始めた雪は、朝には太平洋沿岸の南三陸でひと冬に何回かしかないほど、いっきに積もりました。当日のメインイベントのひとつである、FSC国際認証を取得した南三陸の森に入っての「間伐体験」ができるのか危ぶむ声が上がります。
朝のプログラムは、南三陸町企画課の太齋(だざい)係長による、「南三陸町の資源循環の取り組み」のレクチャーでスタート。震災で壊滅的な打撃を受けた町の、復旧を超え、先進の思想で新しいまちづくりを行おうとする計画について具体的に伺いました。
続いて、「山さ、ございん」プロジェクトの実行委員でもあり、南三陸杉のFSC認証取得において中心的な役割を果たしてきた㈱佐久の佐藤太一さんによるガイダンスののち、いよいよ森へ入ります。当初予定されていた間伐体験は気象状況からやむなく断念し、森の見学と解説に絞って実行しました。山へ向かう道は除雪もされておらず、深い雪の中を、ヘビーデューティな装備に身を固めた参加者を載せた車列が続きます。
見慣れた緑の景色とは全く違う一面の雪の中でも、手入れが行き届いた森と残念ながらそうでない森との差は一目瞭然です。一時雪が上がって眩しく木漏れ日が射し、「こういう時は木の上から雪が落ちて来ることがあるので気をつけて」と太一さん。 常に危険と隣り合わせにある林業を担う若きリーダーの声に、全員身を引き締めます。どういう点が評価されてFSC認証取得が実現したのかを、実地の森の中で聞くと確かな説得力がありました。
次に向かったのは、前日行った戸倉地区の海岸にある、漁協経営の「タブの木直売所」。
正式名称・宮城県漁協志津川支所戸倉出張所が営む、知る人ぞ知る、取れたてのカキやホヤ、ホタテを買うことができる施設です。
戸倉だけでなく、三陸沿岸のカキ養殖は、津波によって壊滅しました。養殖事業者はほとんどが家族単位の零細な経営です。再建をあきらめる人も出ましたが、残った事業者の間では、これを機に、いままでのやり方を根本的に見直して立ち直るべきだという機運も生まれました。見直しすべき筆頭は「密殖」と呼ばれる、洋上の単位面積当たり多くの養殖施設を設置するやり方でした。カキは、山から流れ込んだミネラルや養分も使いながら増えるプランクトンをエサとして育ちます。密植の結果、海は汚れ、カキの栄養は不足するという事態に陥っていました。養殖設備を再建するにあたっては、施設数に制限を設け、きれいな水の中で育てるという大転換を行ったのです。施設数を減らすことで収穫量の減少に繋がりかねないこの施策は、初めからすんなりと進んだわけではなく、内部で激しい議論もあったそうです。けれども最終的には、漁協に残った96事業者の一軒の脱落者もなく、その方針のもと新たな養殖が始まったのでした。結果は大成功、これまで収穫するのに三年ほどもかかっていた養殖カキが一年で収穫できるようになり、質量ともに画期的な進化を遂げたのです。この成果をもとに、「戸倉のカキ」はいま日本初のASC認証を目指し、準備が続けられています。
南三陸杉のFSC認証に続く、戸倉のカキのASC認証。実現すれば、南三陸町は、両方の認証を取得した世界で唯一の自治体エリアとして、国際的にも注目を集めることになるでしょう。
漁協集会室では、願ってもない昼食が待っていました。冷えた体が芯から温まるカキ汁のほか、カキのオイル漬け、カキフライ、カキめし……超カキづくしに、やはり同じ漁協出張所で養殖した銀ザケ、ホタテを焼いていただいて……・。参加者は、漁業者の方々の努力で手にすることができるようになった自然の恵みを、満喫していました。
続いて、「山さ、ございん」プロジェクトの実行委員でもあり、南三陸杉のFSC認証取得において中心的な役割を果たしてきた㈱佐久の佐藤太一さんによるガイダンスののち、いよいよ森へ入ります。当初予定されていた間伐体験は気象状況からやむなく断念し、森の見学と解説に絞って実行しました。山へ向かう道は除雪もされておらず、深い雪の中を、ヘビーデューティな装備に身を固めた参加者を載せた車列が続きます。
見慣れた緑の景色とは全く違う一面の雪の中でも、手入れが行き届いた森と残念ながらそうでない森との差は一目瞭然です。一時雪が上がって眩しく木漏れ日が射し、「こういう時は木の上から雪が落ちて来ることがあるので気をつけて」と太一さん。 常に危険と隣り合わせにある林業を担う若きリーダーの声に、全員身を引き締めます。どういう点が評価されてFSC認証取得が実現したのかを、実地の森の中で聞くと確かな説得力がありました。
次に向かったのは、前日行った戸倉地区の海岸にある、漁協経営の「タブの木直売所」。
正式名称・宮城県漁協志津川支所戸倉出張所が営む、知る人ぞ知る、取れたてのカキやホヤ、ホタテを買うことができる施設です。
戸倉だけでなく、三陸沿岸のカキ養殖は、津波によって壊滅しました。養殖事業者はほとんどが家族単位の零細な経営です。再建をあきらめる人も出ましたが、残った事業者の間では、これを機に、いままでのやり方を根本的に見直して立ち直るべきだという機運も生まれました。見直しすべき筆頭は「密殖」と呼ばれる、洋上の単位面積当たり多くの養殖施設を設置するやり方でした。カキは、山から流れ込んだミネラルや養分も使いながら増えるプランクトンをエサとして育ちます。密植の結果、海は汚れ、カキの栄養は不足するという事態に陥っていました。養殖設備を再建するにあたっては、施設数に制限を設け、きれいな水の中で育てるという大転換を行ったのです。施設数を減らすことで収穫量の減少に繋がりかねないこの施策は、初めからすんなりと進んだわけではなく、内部で激しい議論もあったそうです。けれども最終的には、漁協に残った96事業者の一軒の脱落者もなく、その方針のもと新たな養殖が始まったのでした。結果は大成功、これまで収穫するのに三年ほどもかかっていた養殖カキが一年で収穫できるようになり、質量ともに画期的な進化を遂げたのです。この成果をもとに、「戸倉のカキ」はいま日本初のASC認証を目指し、準備が続けられています。
南三陸杉のFSC認証に続く、戸倉のカキのASC認証。実現すれば、南三陸町は、両方の認証を取得した世界で唯一の自治体エリアとして、国際的にも注目を集めることになるでしょう。
漁協集会室では、願ってもない昼食が待っていました。冷えた体が芯から温まるカキ汁のほか、カキのオイル漬け、カキフライ、カキめし……超カキづくしに、やはり同じ漁協出張所で養殖した銀ザケ、ホタテを焼いていただいて……・。参加者は、漁業者の方々の努力で手にすることができるようになった自然の恵みを、満喫していました。
お腹が膨らんだところで、最後の訪問地、アミタ株式会社の運営するBIO(ビオ)へ。ここは朝レクチャーを受けた「資源再循環」のしくみを、南三陸町との協定に基づき、官民連携(PPP)のスキームで具現化している施設です。
具体的には、南三陸町の約400か所の収集地から運ばれる生ゴミなどを発酵処理することで、バイオガスと液体肥料に変化させるシステムです。生成されたバイオガスは発電に用いられ、液体肥料は農業に活用されて大地に還元されます。まだ動き始めたばかりのシステムですが、将来の循環型社会の一つのモデルの先導的な試みがこの南三陸町で始まっていることを目にし、心強く感じました。
最後はふたたび「いりやど」に戻って、クロージングセッション。
いろいろなキーマンの方々を集中的に聞いて、プレイヤーがビジョンを共有して南三陸の未来のために動いているのが素晴らしいという声の一方、そうしたせっかくの取り組みが一般の町民にどこまで知られているのか、といった率直な疑問も出されました。
自然の力を正しく恐れ、その一方で自然の恵みを受けるために自分たちが努力しなくてはいけないことを知ることを目的としたこのツアー。今回は初回ということでトライアルな部分もあり、また天候の都合で一部実施できなかったプログラムもありましたが、参加者の反応は上々。これからもこうしたスタディ・ツアーを繰り返して、より多くの人に発信していくべき、という認識を共にして第一回南三陸Schoolは終了しました。
具体的には、南三陸町の約400か所の収集地から運ばれる生ゴミなどを発酵処理することで、バイオガスと液体肥料に変化させるシステムです。生成されたバイオガスは発電に用いられ、液体肥料は農業に活用されて大地に還元されます。まだ動き始めたばかりのシステムですが、将来の循環型社会の一つのモデルの先導的な試みがこの南三陸町で始まっていることを目にし、心強く感じました。
最後はふたたび「いりやど」に戻って、クロージングセッション。
いろいろなキーマンの方々を集中的に聞いて、プレイヤーがビジョンを共有して南三陸の未来のために動いているのが素晴らしいという声の一方、そうしたせっかくの取り組みが一般の町民にどこまで知られているのか、といった率直な疑問も出されました。
自然の力を正しく恐れ、その一方で自然の恵みを受けるために自分たちが努力しなくてはいけないことを知ることを目的としたこのツアー。今回は初回ということでトライアルな部分もあり、また天候の都合で一部実施できなかったプログラムもありましたが、参加者の反応は上々。これからもこうしたスタディ・ツアーを繰り返して、より多くの人に発信していくべき、という認識を共にして第一回南三陸Schoolは終了しました。
(文責:事務局)