遠目で見る山と、中に入って見る山とではまったく表情が違う。そんな山に
“まで”に手をかけ、伸びやかな木を生産しているのが株式会社佐久の
佐藤太一さんだ。もたらされる資源を守り、育んでいくために、山に真摯に向き合っている。
※「まで」とは、宮城の方言で「丁寧」や「倹約」を意味する。
「あの事故が起こるまでは研究を楽しんでいたし、やりがいを感じていました」と話すのは、南三陸で代々続く、株式会社佐久の十二代目(専務取締役)佐藤太一さんだ。
“あの事故”とは、東日本大震災による大津波で甚大な被害を受けた福島県の原発事故のことである。当時、佐藤さんは大学院の2年生で宇宙放射線物理を研究していたが、放射線に精通した専門家の一人として一転被災地の雨水、雪、飲料水などから有害物質を検出することがミッションになった。日々その作業作業に明け暮れていたという。
仙台市出身の佐藤さんだが、南三陸町にあった広大な実家は地震後に押し寄せた大津波によって失い、佐久の生業のひとつだった不動産物件も実家同様に消失した。南三陸町で唯一残ったのは、永きにわたって大切に守り継がれてきた“山”だった。そして、大学院での研究生活に博士号取得課程修了という形で決別し、家業を継ぐ決心をした。
「大学院を修了して家業を営んでいくにあたって、社長(父)と林業で稼げることを目指す経営方針にシフトしようと話をしました。このご時世、林業で稼ぐことは難しいけれど、私たちが取り組んでいく林業で“新しいビジネスモデル”を作れたらいいなという考えでした。うちの山は良い山だし、林業を続けていく上で必要な高いポテンシャルを持っていますから」
幼い頃から家業について理解をしていたとはいえ、研究に没頭していた生活から林業へシフトすること、志す新しい林業を具現化することは決して容易いことではない。しかし、佐藤さんの語り口や表情は明るく、難しいことに挑戦することに大きなやりがいを感じているようだった。
“良い山”と言っても、一見すると素人には見当が付きにくいもの。林業を行うにあたっての、良い山の条件を佐藤さんに尋ねてみた。
「私が目指す良い山とは、いろんな種類の下草があって、人が手をかけることによって森に光が入り、木の一本一本に生命力がある状態です。良い環境になれば、動物たちの生活の場にもなって土へ栄養補給が行き渡る。一言でいうと“万物が共存する山”ですね」
そうした環境を叶えるためには、間伐などの人の手による整備が欠かせないという。その違いが見て取れる山に案内されたのだ。素人目にもまったく違う様相だった。人が手をかけていない側は、木と木の間隔が窮屈で、幹の太さにムラがある。その一方で、手をかけた側は光や風が通り抜けやすそうな間隔で、空に向かってすくと伸びる南三陸杉が立ち並んでいた。
そんな南三陸の山で育った杉は、仙台藩を治めていた伊達政宗公が求めたと伝えられる良材だ。
「雪や風の影響を受けにくいから樹高が良い。“まで”に手をかければ真っ直ぐ伸びるし、目が詰まっているから強度もある。そして、木の断面が淡いピンクなのが南三陸杉の大きな特長です。南三陸という土地は年間の降水量が少ないのですが、木はミネラル分をたっぷり含んだ潮風で水分を補っているんです。こうした環境が、特徴的な色を醸し出す要因なのかもしれませんね」
特有の気候風土と山の職人たちが“まで”に手をかけて育つ南三陸杉。そんな南三陸の自然が育んだ貴重な資源を次世代に継いでいくことはもちろん、もっと広く発信するための計画が立てられていた。
大震災から4年半、南三陸町は姿や形をゆっくり変化させながら復興に向かって歩み続けている。そんな町に冷たい風が吹くようになった10月8日、海と山の地域ブランドづくりを目指す南三陸町に朗報が舞い込んだ。かねてより申請していた森林経営の国際環境認証FSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)の取得が決定したのだ。
「これまでの林業は、生態系のこと、労働環境のことなどをきちんと考えているとは言えない環境でした。持続可能な経営を目指す上で、木を切ったら植林するなど、山が持っている力を損なわないようにするといったことができていなかったと思います。南三陸杉をブランド化するには、当たり前のことを当たり前に行うことが最低限の条件です。そうした様々な要因を第三者機関としてきちんと審査してくれるFSCによる認証は必要で、価値のあるモノにはきちんとした価値を見いだすフェアトレードの考え方がこれからの林業を変えていくでしょうし、新しい林業のカタチを南三陸から始めてきたいですね」
FSCという国際認証の取得によって、新たな一歩を踏み出した南三陸。しかも、養殖版海の国際環境認証ASC(Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)も取得すれば、海と山で国際認証を取得した世界で唯一の自治体となる。南三陸は古(いにしえ)より豊かな山と海からの恩恵を受け続けている。FSCの認証を受け、今後どのように飛躍していくのか、その姿にご注目いただきたい。(文責:事務局)
(株)佐久 専務取締役 / 「山さ、ございん」プロジェクト実行委員
宮城県出身。みちのく伊達政宗歴史館非常勤学芸員、理学博士。山形大学大学院で宇宙放射線物理の研究に取り組んでいたが、東日本大震災を機に家業の株式会社佐久に入社し、林業の新しいビジネスモデルを構築できるよう、さまざまな取り組みにチャレンジしている。