> ストーリー > 鈴木卓也さん
人が手をかけることで保たれていた南三陸の自然環境。時代の流れとともに変化してしまった、かつて良好だった人と自然との関係性を取り戻すための取り組みが始まった。
 町の東側は太平洋に面し、残りの三方を山々に囲われた南三陸。この豊かな自然環境に小さな頃から魅せられてきたのが、南三陸ネイチャーセンター友の会会長、そして波伝谷高屋敷ふるさと資料館館長の鈴木卓也さんだ。
「私が身のまわりの自然環境にのめり込んだのは小学4年生のとき。旧志津川町に小中学生を対象にした志津川愛鳥会があって、そこに入会したのがきっかけです。一口に鳥(野鳥)と言っても、山や川、海岸や沖合など、環境に応じて実にさまざまな種類が暮らしています。そんな野鳥たちの暮らしぶりを学んでいくうちに、いろいろな環境とそこに暮らす野鳥たちを見て歩くことが大好きになりました。一方で、いろいろな種類の野鳥たちが暮らすための環境の多様性が失われつつあることにも自然と気づかされたんです」
 南三陸町のシンボルバードであるイヌワシ。幼い頃から見続けてきた鈴木さんにとっては身近な鳥で、かつて南三陸のふたつの地区でつがいが生息していることが確認されていた。しかし、現在ではその姿が見られなくなっているという。その原因とは。
「イヌワシは翼を広げると2メートル前後にもなる大きな鳥です。そのイヌワシが見られなくなったのは人が山に手をかけなくなったことで、山が木々でいっぱいになってしまい、身体の大きなイヌワシにとっては十分な餌が獲れなくなったことが原因として考えられています。餌が獲れなければ次代を担う雛を育てられず、雛を育てられないままにペアが高齢化して寿命をむかえた可能性が考えられます」
 イヌワシは森林生態系における食物連鎖の頂点と言われているが、人が手をかけていない原生林ではなく、実は太古から人が山に手をかけ続けてきた草地や伐採地などの開けた山の環境に適応し、人と隣り合って生きてきた鳥なのだという。「人の暮らしと自然とが調和した環境下こそが、イヌワシの生息地に適している」と鈴木さんは教えてくれた。
 「山さ、ございんプロジェクト」実行委員である鈴木さんは現在、同プロジェクトメンバーで林業を営んでいる株式会社佐久の佐藤太一さんと協力し合い、イヌワシが生息しやすい自然環境を整える“翁倉山イヌワシ生息環境再生プロジェクト”を計画している。
「伐期を迎えた山が適正に伐採され、その後に新しく植林された木々が50〜60年後に再び伐採されるという、林業にとってごく当たり前のサイクルが回復されれば、その伐採地・新植地には明るい山の環境を好む植物や昆虫がどんどん増えて、イヌワシにとっても狩りをしやすい環境をつくれる。そうした環境が常にある程度の面積で確保され続ける。そういうサイクルを実現させるには、山主さんとの協動が不可欠なんです」
 南三陸の林業が活性化することで一次産業としての生業を確立させながら、かつ自然環境の保全にも貢献できるという考えだ。
 また、鈴木さんは分水嶺で囲まれた南三陸の土地柄を活かした計画も温めている。
「尾根伝いの火防線というのは、山火事の延焼を防ぐためのもので、同時に境目を示すため、さらには連絡通路として活用するために定期的に木が刈り払われた場所でした。現在ではほぼ失われている火防線跡を、みんなで再び切り開いて、町境の分水嶺をトレイルできるようになったら面白いと思っています。もちろんそれは、オキナグサやサクラソウなど、南三陸町では絶滅や非情に数を減らしている山野草など、開けた山の環境を好む動植物の生息場所ともなりますし、イヌワシの餌狩り場となることも大いに期待できます。でも、一番期待しているのは子どもたちの遠足の場所として使ってもらうことです。自分たちが暮らしている町を客観的に俯瞰して鳥の目線で眺められる場所は、私たちにとって絶対に必要だと思うんです」
 町の境界線である分水嶺は約60キロ。企業や学生ボランティアの協力を得て作業が始まっており、南三陸の新たな魅力を発信できるスポットとして着実に現実味を帯びてきている。
 
 山さ、ございんプロジェクトでは、前述の火防線や環境再生プロジェクトはもとより、国際森林認証FSCに認証された山を参加者と診断しながら回る「チェック・ツリー・ツアー」や、南三陸に伝承される山の精霊を追いかける「トロルを探せ」など、多様なプログラムを実施予定で、メンバーの一人として鈴木さんも深く関わっていく。
「分水嶺のトレイルは私自身楽しみのひとつです。また、いま南三陸町ではバイオマスを進めているので、その燃料源として山の草地を取り戻していく活動などと繋げていければいいなと思っています。そうした活動が有機的に絡み合って山の環境が劇的に変化することがあれば、この町のシンボルバードであるイヌワシが再び戻ってくることも十分考えられます。この町で鳥たちに親しみながら育った私にとってイヌワシは隣人です。この町の空に再びその姿を取り戻したいですね。親しい隣人がいなくなってしまうのはとても寂しいことですから」
 南三陸杉を育てる林業。その木材を利用したさまざまなプロダクト。人と自然が調和することで再び勇姿を見せてくれるかもしれないイヌワシという存在。どれもが密に繋がっており、すべてを叶えていくことは南三陸の明るい未来を拓いていくと言っても過言ではない。(文責:事務局)
 
「山さ、ございん」プロジェクト実行委員 / 南三陸ネイチャーセンター友の会会長 / 波伝谷高屋敷ふるさと資料館館長
宮城県南三陸出身、南三陸ネイチャーセンター友の会会長、波伝谷高屋敷ふるさと資料館館長。幼い頃から南三陸の自然と触れあい、現在は地域の自然環境の調査や研究、教育プログラムを実施するなど、たくさんの人に本当の南三陸町を知ってもらう活動に取り組んでいる。